4月に入り春の日差しにほのぼのしている時に母親から連絡が来た

「みてこんなにさいた」

私は意味が分からず、なんのことだと思い一緒に送られてきた写真を見た
そこには数年前に母親と一緒に植えた桜の木が花を咲かせていたのであった


その写真と一緒にさまざまな記憶と感情が思い出された
当時高校生であった私は実家から離れたところで生活していた
長期休みになると下宿先である祖父母の家を生き急ぐかのように出て実家に帰っていた
実家に帰っても家業であるラベンダー農園を手伝うことが大体で高校生時はウキウキできるようなものではなかった
しかし、母は私にダイエットだと言い聞かせ毎回"山へ芝刈りに"連れて行くのであった
リアル昔話じゃないんだからと毎回思うのだが、本当に山の中の斜面で芝を刈るもんで否定もできないものである。そして、足場の悪い山の斜面で鎌なり熊手なりを用いて1日8時間芝を刈ると1週間もすれば顔まわり・二の腕はスッキリするので本当におすすめダイエットであった。
悔しい、、、


そんな春休みを実家に帰ると毎回繰り返すのだが、
高校に入って1年目の冬に祖父が亡くなった
祖父は農園を立ち上げた張本人であり、ある意味偉業を成し遂げたと言える人であった
祖父は母や祖母に怒られながらも毎年何十本もの桜の苗木を農園の周りに植えていた
そのおかげもあってか、今では桜の季節にも観光客が訪れるほど夢の郷が出来上がったのである


ということで本題につながるのだが、
祖父が亡くなってから桜の苗木を植えるものはいなくなり美しい風景を保つシステムなんてものは自然界に存在するはずもないのでこの景観を守るため、母は桜の木を植え始めることになった
ど田舎の山の中で桜の苗木を植えることはそう上手くはいかず、新しい桜の苗木を植えれば鹿に喰われ、日照時間も山の中すぎて満足には日光を浴びることは出来ない環境で苦戦していた
そんなことも知らずこの日も私は毎度のことながら芝刈りに駆り出されていた
現場につくと母は今日のノルマを発表した「今日は芝刈りして桜の苗木を15本植える」
想像できないだろうが、このノルマは東京ドームの4分の1を斜面を登ったり降りたりして芝刈りをして、ドーム内の至る所に土を耕して肥料を撒いて桜の苗木を植えるぞということを言っているのであった

正気かと疑った

やらなければならないのもわかっていたが、1日でできるわけないと思った
やるかの有無も聞かずに母は私を軽トラに乗せ園内を移動し始めた
いつも通りラジオで坂ちゃんのずくだせえぶりでいをつけながら芝刈りから取り掛かること2時間ある程度綺麗になったところで桜の苗木を植え始めた
桜を植えるのも初めてだったが、木を植えること自体初めてだったので母と共に植えた
▶︎植える場所の土を柔らかくする
▶︎肥料を撒き耕す
▶︎大きな石を除きつつ苗木を植えれるだけの穴を掘る
▶︎木を植え、優しく土で覆い、水をやる
▶︎錠剤ぽい肥料を置く
▶︎苗木の周りに2本支柱を建て、防虫ネットをかける
▶︎蛍光テープに植えた木の種類と日にちを書き植えた木に括り付ける
これが一連の流れである
この過程を何本も繰り返し、芝刈りも進めるとあっという間に日は落ちて汗がひき始めていた
祖父は多分もっと雑にやっていたであろうが、それでも自分の手で桜を植えてみるとその大変さを知ることになり祖父の手で植えられた百本以上の桜に感動した
母は桜を植えた時に鹿に喰われることやそもそも育つのか心配をしていた
私は植物の育つことへの心配があまり理解できなかったので数年もしたら綺麗に咲くだろうと思っていた


日は経ちラベンダーのシーズンを超え客足が落ちついた頃になると母はまた芝刈りを始めた
桜のことはすっかり忘れ私も高校生活を送っていると悲報が、、
鹿に数本の桜の苗木が食べられてしまったらしい
植えたことも忘れていた私だったがこれはかなり残念だった

そしてさらに日が経ち冒頭に戻るのだが、
母から送られてきた写真を見ると自分が植えた苗木が大きく成長し桜と言えるほどになっていたのであった
成長する過程をしっかり見ていたわけではないから感動は薄いものかとも思ったけど、自分が初めて時間をかけて、汗水垂らして植えた苗木だったこともあってとても嬉しかった

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この大きさをまだまだというのは桜に失礼かもしれないけどまだまだ成長できる
来年はもうちょっと大きい桜の木になっていてくれるはず
私もそれまでにもっと成長しようって思う
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