トム・ペティというアメリカのロック・ミュージシャンがいます。というか、2017年に66歳でこの世を去ったので、正確には「いました」と言うべきかもしれません。1976年に「トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ」としてアメリカでデビューしましたが、ちょうど同じ年にイギリスでセックス・ピストルズがデビューするなど、既存の音楽をぶち壊そうとするパンク・ロックが世界の音楽シーンを席巻し始めた時代でした。そのため、トム・ペティが表現したポップなロックンロールは当時、古臭いものとして扱われたこともあったようですが、フォークやサザン・ロックに根ざしつつ、それらをポップで親しみやすいロックへと昇華した楽曲の数々は1970年代末〜1980年代にかけてヒット・チャートを駆け上がり、それ以降、40年にわたってロック・シーンを引っ張る存在となりました。

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズは1980年代に入るとヒット曲を連発し、そんな流れの中、トム・ペティは1988年、ボブ・ディラン、ジョージ・ハリスン、ロイ・オービソン、ジェフ・リンという錚々たるロック・レジェンドたちと一緒に、覆面バンド「トラヴェリング・ウィルベリーズ」を結成しました。当時の僕は恥ずかしながら、まだそこまでロックに詳しくなく、このメンバーの中で唯一ちゃんとその音楽を聴いていたのが、80年代にヒット曲を連発していたトム・ペティのみでした。もちろんボブ・ディランやジョージ・ハリスンの名前は知っていましたが、当時はまだ彼らの音楽をしっかり聴き込んだことはなかったのです。他のメンバーに比べて、トム・ペティは10歳ほど若かったため、バンドの中で末っ子的な存在として振る舞っていたようですが、僕自身もトム・ペティを通じてその後、ボブ・ディラン、ジョージ・ハリスン、ロイ・オービソン、ジェフ・リンといった兄貴分たちの音楽に興味を持ち、掘り下げていくことができました。

そんなわけで、僕にとってトム・ペティという人は、偉大なロックの先人たちとの橋渡しをしてくれた存在なのですが、きょうご紹介するのは、1994年にリリースされた2枚目のソロ・アルバム『Wildflowers』の2曲目に収録されている「You Don't Know How It Feels」という楽曲です。先ほどご紹介したように、トム・ペティは1988年、トラヴェリング・ウィルベリーズに参加しましたが、そのアルバムをプロデュースしたジェフ・リンのサウンド構築に感銘を受けたのでしょう。1989年のソロ・アルバム『Full Moon Fever』や1991年のザ・ハートブレイカーズ名義でのアルバム『Into The Great Wide Open』でジェフ・リンをプロデューサーに迎えています。これらのアルバムは、ジェフ・リンがエレクトリック・ライト・オーケストラ時代から得意とする緻密で空間的なサウンド・プロダクションが存分に活かされ、トム・ペティの非凡なポップセンスと相まって大ヒット曲が数多く生まれました。なので、1994年にリリースされた2枚目のソロ・アルバム『Wildflowers』でも同じような路線で来るのかな、と楽しみにしていたのですが、いざ聴いてみるとそのサウンドはまったく異なるものでした。まず、プロデューサーがジェフ・リンではなく、リック・ルービンという人に変更されていました。リック・ルービンといえば、一般的にヒップホップ/ラップ系のプロデューサーというイメージが強いのですが、実はブラック・クロウズを送り出すなどサザン・ロックの深い部分でつながっている人でもあったのです。そして、『Wildflowers』のアルバムは、前作までジェフ・リンが構築していた緻密なサウンド・プロダクションではなく、ラフで隙間の活かされたサウンドになっていました。プロデューサーのリック・ルービンはアルバム制作にあたりスタジオ入りしたとき、演奏するミュージシャンに対して、できる限りライブな演奏をするように指示し、「僕は映画のカメラマンみたいにそれをきっちりテープに収める」と言ったそうです。そのため、このアルバムはヒップホップ/ラップで聴くことができるような、ラウドでラフなサウンド・プロダクションとなっており、まるでその場でライブを体感しているかのような気分にもなるのです。

アルバム『Wildflowers』はすべての楽曲がシングル・カット可能なのでは?というぐらいクオリティの高いナンバーが勢揃いしていますが、その中でも僕がいちばん度肝を抜かれたのが、2曲目に収録されている「You Don't Know How It Feels」です。トム・ペティはもともとフロリダ州出身で、アメリカ南部色の強いところもありましたが、それまでに僕が聴いてきた彼の楽曲はポップ色の強いものばかりでした。ところが、この「You Don't Know How It Feels」は、南部臭さが前面に出た泥臭いロック・ナンバーでした。最初、聴いた瞬間に思わず「カッコいい!」と飛び上がってしまうほどでしたが、当時、僕の人生においてこんなに南部色の強いロックを聴いたのは、実はこの曲が初めてでした。「サザン・ロックってこんなにカッコよくて、すごい音楽だったのか!」と驚いた僕はその後、ザ・バンド、リトル・フィートをはじめとした南部色の強いバンドを聴き進めていき、アメリカン・ロックの奥深さを体感していくことになるのですが、そのお話はまた今度。

Tom Petty "You Don't Know How It Feels"