轟音と静謐。一見すると真逆にも思える2つの要素を見事に融合したロック・バンドがいます。speaker gain teardropは、広島を拠点に活動するスリーピース・バンドです。1999年に結成されたそうですが今も現役なので、もう25年以上に渡って活動し続けていることになりますね。ちなみに、ロック・バンドと言ったらやっぱり「ヴォーカリストがカッコいい歌を歌って…」という感じを連想される方もおられるかもしれませんが、speaker gain teardropの音楽には、そもそも歌が存在しません。編成は、ドラムス、ベース、ギターのみ。この3つの楽器をベースにして、アンビエント/ドローン/エレクトロニカのサウンドが加えられてアンサンブルを形成しています。

ここで「歌のないインスト・ロックなんて…」と思った皆さんは、ふだんの音楽の聴きかたがかなり甘いと自覚したほうがいいでしょう。ヒットチャートの上位を賑わす音楽はたいていサビにインパクトがあり、一聴しただけですぐ耳に残るように作られています。これは日本だけでなく、海外のヒットチャートを見ても同じ現象であり、そのためspeaker gain teardropのような音楽がヒットチャートに顔を出すことはまずありません。つまり、ただ表面的に音楽を聴いているだけだと、彼らの音楽と出会うことはおそらく一生ないのです。まあ、別に一生出会わなくても良いのかもしれませんが、僕が古今東西のありとあらゆる音楽を大量に聴き込んできた経験で言いますと、speaker gain teardropはその音楽性の深さでは圧倒的上位にランクインしています。なので今回は「世の中にはこんな素晴らしい音楽が実は隠れているんですよ。このまま聴かないでいるのはもったいないと思いますよ」という気持ちで、彼らの音楽を紹介していきます。

speaker gain teardropの音楽性は、ポストロック/シューゲイザーと呼ばれるジャンルに属しています。ポストロックやシューゲイザーは1990年代中盤あたりから世界的なムーブメントになっていったので、それから数年の時を経て1999年に日本でspeaker gain teardropが結成されたことは大いに納得できる流れです。シューゲイザーの音楽的な特徴の1つに、大量の歪みエフェクターを用いた爆音のギターが挙げられますが、speaker gain teardropの音楽もこの流れを汲んで、轟音のギターサウンドが展開されています。そのなかでも、彼らのサウンドは「幸せの轟音」と称されることがあります。この「幸せの轟音」については、彼らのオフィシャルサイトのバイオグラフィーから、以下の文章を引用させていただきます。

最小限の編成、最小限の機材から紡ぎ出される多幸感溢れるサウンドは「幸せの轟音」とも称され、ポストロック/シューゲイザー/エレクトロニカをアプローチとした1つ1つの音が階段を昇るような気持ちにさせ、その光に満ち溢れた作品にリスナーは「言葉は意味を持たなくなる」と例えられる程の極上かつ轟音フィードバックギリギリなインストゥルメンタルなサウンドを展開する。

speaker gain teardropの音楽性について僕が言いたかったことはほぼ上記の文章に集約されています。「多幸感」と書いてありますが、speaker gain teardropが奏でる轟音のなかに見いだせる多幸感は、ちょっと他の音楽ではなかなか味わうことができない種類のものです。また、僕は冒頭で「歌のない音楽」と書きましたが、彼らの音楽を聴いていると、まさに「言葉は意味を持たなくなる」のです。さらに、上記の文章ではspeaker gain teardropの音楽が「光に満ち溢れた作品」と表現されていますが、僕自身は彼らの音楽によって満ち溢れた光の先に、心の平安にも通じる「静謐」をなぜか感じることがあります。轟音のサウンドなのになぜ静謐さを感じるんだろう?と最初は不思議に思ったのですが、メンバーのホリベヤスチカさん(ギター)がソロ名義でやっているアンビエント/ドローン/エレクトロニカ系のプロジェクト「stabilo」の楽曲を聴いているうちに、その理由がわかりました。stabiloが2008年にリリースしたEPのタイトルが『spirit of the Beehive』だったのです。これは、僕がこの世でいちばん大好きな映画監督ビクトル・エリセの名作『ミツバチのささやき』(1973)の英語タイトルでもあるのです。ビクトル・エリセの作品はまさに静謐さで満ち溢れた映像世界なのですが、speaker gain teardropのホリベさんも間違いなく、ビクトル・エリセの映画から影響を受けて音楽を作っているんだなと確信できました。だからこそ、speaker gain teardropの音楽からも同じような静謐さを感じることができるんだなと。

ちょっと勢い余って文章が長くなってしまい、肝心の楽曲紹介を忘れていました。speaker gain teardropの音楽はすべて素晴らしいので、どの曲を紹介するべきか悩みましたが、今回は2013年リリースのアルバム『appearance of fluctuation』に収録された「indefinite divisibillity」という楽曲をオススメしたいと思います。ちなみに、speaker gain teardropは2016年に『cluster migration』というアルバムをリリースして以降、現在までニュー・アルバムをリリースしていません。もともと数年に1枚しか作品をリリースしない寡作なバンドだということは承知していますし、彼らの大ファンである僕としてはいつも首を長くして新作を待ち続けてきたのですが、新作を待ち続けたままついに今年で10年目に突入するとは…。僕のこの文章をホリベさんが目にする機会は正直言ってなかなかないとは思いますが、もしも何かの偶然でホリベさんに読んでいただいたときのことを考えて、最後にメッセージを残しておきます。

ホリベヤスチカさん、いつもspeaker gain teardopやstabiloで素晴らしい音楽を僕らのもとに届けてくれてありがとうございます。その後、speaker gain teardropの新作のほうはいかがでしょうか?もしよろしければまた僕らを多幸感に包んでくれるニュー・アルバムを作ってこの世に送り出してもらえるとうれしいです。

speaker gain teardrop "indefinite divisibillity"