霧の奥で何かが息を潜め、こちらをじっと見つめている。足音は吸い込まれ、街灯はぼんやりと滲み、夜の湿った空気は肺の奥まで冷たい毒のように染み込む。そこに、英國の伝統はいつも静かに佇んでいる。
王室の荘厳なる儀式と、サッカーの荒々しい情熱が同居する国——英國。
ピッチ上で吠えるサポーターの熱狂と、バッキンガム宮殿の冷たい優雅さが、同じ血潮の中で脈打っている。ピンク・フロイドやクイーンの、荘厳でありながら破壊的なロック・サウンド、フランシス・ベーコンの歪んだ人体の叫び、バンクシーの風刺に満ちた街角アート——
この極端な多重性が、英國を唯一無二の「奇想の国」にしている。
 英國の推理小説は、まさにその奇想の結晶だ。
コナン・ドイルの冷たい霧に浮かぶベーカー街の悪夢、
アガサ・クリスティの完璧に整えられた論理の館に、アンソニー・ホロヴィッツが人間の闇を、上品に、至極のエンターテイメントと成す。
王都ロンドン——古い屋敷の博物室に並ぶ奇怪な蒐集品、植民地時代の亡霊、王室の影に潜む秘密。
秩序の極みである上品さと、理性の枠をはみ出す狂気の美しさが、優雅に踊る。
 この特集は、単なる「推理小説の紹介」ではない。
英国が生み出した、極めて洗練され、極めて残酷で、極めて美しい「知の魔術」そのものを、深く抉り出す試みだ。
ページをめくれば、霧があなたを包む。
一歩踏み入れた瞬間、もう引き返せない。
論理の迷宮に魅了され、心理の深淵に沈み、英國という島国が秘めていた、隠された魔力に心を奪われる。
さあ、灯りを落とせ。
カーテンを閉め、静かに息を潜めろ。
英國ミステリーの、深い深い闇が、今、目の前でゆっくりと口を開けている。
ここでは、理性も、狂気も、すべてが美しく、すべてが危険だ。

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