ヒップホップの歴史をたどっていくと、1970年代のニューヨークでブレイクビーツをプレイするDJの出現まで遡ることになります。その後、1980年代のミドル・スクールを経て、1990年代のニュー・スクールでラップはそのピークを迎えることになりました。90年代ののラップはいわゆる「ギャングスタ・ラップ」が主流であり、犯罪、暴力、貧困、ドラッグ、警察との対立など、ストリートでの過酷な現実やリアルな日常を赤裸々に描いた歌詞を特徴としていました。それはそれで、不良の世界に憧れる若者たちにとっては魅力的な音楽に映ったのでしょうが、そういう文化と無縁な生活を送っていた僕にとっては、ギャングスタ・ラップの世界観はあまりにも遠い世界での出来事だったため、いまいちリアリティを感じることができませんでした。そんな90年代のあるとき、たまたまラジオからアレステッド・ディベロップメントの「People Everyday」が流れてきたのですが、これまでのギャングスタ・ラップとは明らかに違うヒップホップのテイストを感じ取った僕はさっそくCDを買いに走ったのでした。

アレステッド・ディベロップメントはジョージア州アトランタのアートスクールに通っていたスピーチとDJ ヘッドライナーを中心に結成されました。彼らのメンバー構成はかなりユニークで、スピーチとDJヘッドライナーに加えて、ドラムスのラサ・ドン、ヴォーカル兼スタイリストのアーリー・タリー、ダンサーのモンチョ・イーシー、そしてスピリチュアル・アドヴァイサーのババ・オージェというラインナップでした。音楽グループの中に「スピリチュアル・アドヴァイザー」という肩書きの人がいるなんて、当時の僕は「なにそれ?」と驚いた記憶があります。ちなみに、グループ最年長だったスピリチュアル・アドヴァイザーのババ・オージェは音楽的な面で関与することはなかったようですが、グループの精神的な支柱であり続けました。たとえば、アレステッド・ディベロップメントのライブでは、ほかのメンバーたちがステージ上で歌や演奏を繰り広げる中、ババ・オージェは舞台後方にあるロッキンチェアに座り、ゆったりと身をゆだねていた姿が印象的でした。

アレステッド・ディベロップメントの音楽は、ギャングスタ・ラップが全盛だった当時のヒップホップにあって画期的とも言えるものでした。そのサウンドはオーガニックであり、カテゴライズが難しいほどのハイブリッドな音楽性は、従来のヒップホップにあったイメージを完全に刷新するものでした。スピーチが紡ぎだすライムは人種差別やホームレスといった社会問題から地球環境問題までをテーマにしており、それらはどこかスピリチュアルな佇まいすら感じさせました。アレステッド・ディベロップメントの音楽といえば、グラミー賞を受賞したときのファースト・アルバム『3 Years, 5 Months and 2 Days in the Life Of...』が最も有名だと思いますが、個人的にはその次にリリースされたセカンド・アルバム『Zingalamaduni』が傑作だと感じています。このアルバムはアフリカ回帰とでもいうべき精神的な指向性を持ち、アフロ・アメリカンのアイデンティティが謳い上げられたヒップホップ作品となっており、メディアやファンからも絶賛されました。そういえば、このアルバムの日本盤CDには当時、小沢健二さんの以下のようなコメントが掲載されていました。

コロンブスが来る前に、アメリカにはトマトとハンモックがあった。アレステッド・ディベロップメントを聴いて、太陽の光を胸いっぱいに吸い込め。(なんとなく夏向き)

ということで、今回ご紹介するのは、そんなセカンド・アルバム『Zingalamaduni』に収録されている「United Minds」という曲です。小沢健二さんの言うとおり、なんとなく夏向きのムードに包まれた1曲なので、まだジメジメした梅雨の真っただ中ではありますが、この曲で一足早い夏気分を味わってもらえればと思います。

Arrested Development "United Minds"