クリス・ボッティはアメリカのジャズ・トランペッターです。1995年にジャズの名門ヴァーヴ・レコードからファースト・アルバム『First Wish』をリリースし、現在まで活動を続けています。1990年代のジャズ/フュージョン界は「スムーズ・ジャズ」と呼ばれる様式が全盛でした。スムーズ・ジャズはその名の通り、とても聴き心地が良く、テレビやラジオのBGMとして使用されることも多かったため、熱心なジャズ・ファンたちの間から見下されるようなこともありました。今回、ご紹介するクリス・ボッティも1990年代のデビューということで、スムーズ・ジャズ界の中心的な存在として見られていたところがあります。確かにクリス・ボッティの音楽はそのサウンドだけを聴けば、スムーズ・ジャズと思われても仕方がないほど、聴き心地の良いフュージョンとも言えます。おまけに、クリス・ボッティは超イケメンのジャズ・トランペッターなので、当時のジャズ/フュージョン界でどこかアイドル的な扱いを受けていたようにも思います。しかし、彼の音楽をより深く掘り下げてみると、同時代のアーティストたちとは大きく異なる圧倒的な音楽性を持っていることに気づかされたのです。
僕がクリス・ボッティの音楽に興味を持ったのは、彼のセカンド・アルバム『Midnight Without You』にザ・ブルー・ナイルのメンバー、ポール・ブキャナンとポール・ジョセフ・ムーアがゲスト参加していたことを知ったからでした。ちなみに、僕は「世界で一番好きな音楽は?」と聞かれたら迷わず「ザ・ブルー・ナイル」と即答するのですが、今回ご紹介するアーティストはザ・ブルー・ナイルではないので、その話はいったん割愛します。クリス・ボッティのセカンド・アルバム『Midnight Without You』は単にザ・ブルー・ナイルのメンバーたちがゲスト参加していただけでなく、アルバム全体の共同プロデューサーをポール・ジョセフ・ムーアが務めていたため、作品のクオリティとしてズバ抜けた完成度を誇っていました。このアルバムがあまりにも素晴らしい出来映えだったため、僕はクリス・ボッティのその他の作品はもちろんのこと、同時代にリリースされていた他のスムーズ・ジャズのアーティストたちも徹底的に聴きまくりました。しかし、どれだけ他のアーティストたちの音楽を聴いてみても、クリス・ボッティの音楽ほどの感動は味わうことができませんでした。表面的なサウンドだけを聴けば、みんなが同じようなことをやっているのに、この違いはいったい何なのだろう?と不思議に感じた記憶があります。
当時、クリス・ボッティのアルバムには、自ら作曲したオリジナル・ナンバーが数多く収録されていましたが、それらの楽曲はロマンティックであると同時に、どこかメランコリックな雰囲気も感じました。クリス・ボッティはジャズ・ミュージシャンでありながら、幼少期からピーター・ガブリエル、スティング、ザ・ブルー・ナイル…といったUKロックを好んで聴いていたそうです。そのため、いま挙げたアーティストたちが持つメランコリックな雰囲気を自然と身につけていったのでしょう。そのメランコリックな感性をロック/ポップスのフォーマットではなく、ジャズ/フュージョンのスタイルで見事に昇華しているのが、クリス・ボッティの音楽が持つ独自性なのです。逆に言えば、このメランコリックな感性がピンとこない人にとっては、クリス・ボッティの音楽はただ耳心地が良いサウンドのスムーズ・ジャズというだけで聴き流してしまうのかもしれません。
クリス・ボッティは1990年代〜2010年頃までコンスタントにオリジナル・アルバムをリリースしていましたが、その中で2004年のアルバム『When I Fall in Love』あたりから、ジャズ・スタンダード・ナンバーを多く演奏するようになり、オリジナル自作曲がアルバム内でどんどん減っていってしまいました。ジャズ・スタンダード・ナンバーを演奏するクリス・ボッティももちろん良いのですが、僕が大好きだった彼のオリジナル自作曲があまり聴けなくなってしまったのが少し残念なところです。実を言いますと、僕は2007年のアルバム『Italia』をリリースした頃、アルバムのプロモーションで来日したクリス・ボッティにインタビューをしたことがあります。そのとき、本人にも「あなたの自作曲をもっとたくさん聴きたい」と直接伝えさせてもらいました。ちなみに、その時点でクリス・ボッティがリリースしたアルバムは10枚ほどあったのですが、僕が10枚のCDジャケットすべてにサインしてほしいとお願いすると、「これ全部に!?」と苦笑いしながら10枚のCDすべてに快くサインをしてくれました。僕がアーティストにサインをお願いすることは滅多にないのですが、このときばかりは例外だったのです。
…さてさて、話がどんどん脱線してしまいましたので、楽曲紹介に戻ります。今回は、1999年のサード・アルバム『Slowing Down The World』に収録されている「The Open Touch」という曲をオススメしたいと思います。この曲では、同じスムーズ・ジャズ界を代表するピアニスト、ボブ・ジェームスをゲストに迎え、曲後半でクリス・ボッティのトランペットとボブ・ジェームスのキーボードがスリリングな掛け合いを展開しています。掛け合いとともにメジャーとマイナーの曲調が目まぐるしく入れ替わっていくのですが、1999年当時、こういったスタイルの音楽性に触れて、僕はものすごく驚いた記憶があります。このとき、クリス・ボッティは37歳ということで、ジャズ/フュージョン界ではまだまだ若手と呼ばれる存在だったため、いったいこの人はこれからどんな音楽家に大成していくのだろう、と期待していたのですが、2010年代に入ると、ほとんど新作をリリースすることはありませんでした。悠々自適な生活でもしているのかなと思っていたら、2023年、ジャズの名門ブルーノート・レコードから久しぶりのニュー・アルバム『Vol.1』をリリースしてくれたので、少し安心しました。また同時に、ここ最近の姿が上の画像写真になるのですが、ずいぶんイケオジになっていたのがこれまた印象的でした。イケメンでスムーズ・ジャズを演奏するトランペッターということで、何かと誤解を受けることも多いクリス・ボッティですが、ぜひその深い音楽性を味わっていただきたいと思います。
Chris Botti "The Open Touch"


2026/03/19 00:33
Chris Botti "The Open Touch" (1999)【音楽衝撃Guts Beat #5】by ガッツ高橋



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